当たるも八卦、当たらぬも八卦

カテゴリー: コラム / 2013 年 1月 30 日
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「あなたのお父さんは亡くなっていないですね」
 この質問に対する答えはどうなるのか?
 「はい、私の父は一昨年に亡くなりました」
 「はい、私の父は亡くなっておらず元気です」
 どちらの答えも間違ってはいない。前者は「亡くなっていない」→亡くなってもう存在していないという意味で質問を理解している。一方、後者は「亡くなっていない」→生存しているという意味で理解している。同じ質問に対して全く別な答えが出ているのだが、どちらも間違いではない。
 
 これは占い師が使う典型的な言葉のトリックで、どちらとも捉えられる質問を投げかけながら、相談を進めていき、相手を信用させるという手法である。
 「占い師の言うことなんか信用しないよ」と笑い流す人が大半だろうが、政治評論家、経済評論家、企業経営者、政治家のいう言葉も大してそのレベルに違いはない。
 昨年、3年前、5年前の新聞の元日号を見れば、政財界のトップや著名な評論家が将来の日本の姿をそれぞれの立場、考えから語っているが、その通りになった例はあまり見かけられない。もちろん、当たっているものもあるが、今となればはなはだ見当違いの意見、見通しも多い。
 「まさに当たるも八卦、当たらぬも八卦」の世界とたいした違いはみられない。ようは誰も先のことなどわからないということである。
 閉塞感が重く漂う昨今、あらゆる政治を筆頭にあらゆる分野において強いリーダーを求める声が高まっているが、しょせん人のやることに大した違いはない。他人の考えに自らの運命を託す行為は占い師の言葉を信じて行動する愚と変わりはない。(2013.1.30)


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