自社の意見と異なるニュースは伝えない情けない新聞社

カテゴリー: コラム / 2012 年 7月 13 日
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 6月末、娘の秀真のお友達からお誘いがあって、京都府亀岡に蛍を見に行くことになっていました。例年は6月初めに見られるのですが、今年は育ちが遅いとのことで6月末になっていたのですが、直前に連絡が入って中止になってしまいました。
 亀岡の周辺あちこちを探し回って下さったのですが、蛍が全く見られないとのことでした。
 同じ日、兵庫県の丹波篠山(南丹市)の友人から連絡があって、例年は休耕地になっている田も今年はすべて田植えがなされたのですが、育ちが異常に悪く、昔であれば大飢饉必至の様相らしいのです。そして農家は米を出荷せず備蓄にまわしているとのことです。
 梅雨とは名ばかりで南国のスコールのような土砂降り、バケツをひっくりかえしたような豪雨が当たり前になっていることに、何か漠然としつつも確信にも近い天変地異を感じられる今日このごろです。
 
その6月30日付朝刊各紙は非常に面白いコントラストを描いていました。各紙1面のほぼ真ん中にカラー写真が掲載されていたのですが、朝日と毎日はその前日、首相官邸前の原発反対デモの写真でした。(毎週金曜日の夕刻にだれから指示されたわけでもない普通の人達が三々五々集まり始め、大飯原発再稼働直前の6月29日には20万人(主催者発表)ー因みに、警察発表でも1万7000人)の大群衆が整然と抗議デモをしていたのです)
 その写真がサンケイ新聞と読売新聞には掲載されずに、かわって「7月大歌舞伎に向けて、道頓堀に役者の乗った船が浮かんでいた」等がカラー写真で報道されていたのです。特にサンケイ新聞はあの大群衆が官邸前に参集したことを全く報じていないというすごさでした。報道機関としての矜持があるのかと問いかけたくなるほどです。
 何事にも賛否両論があることが大切でイスラエルの国会では「120対0」の議案は成立しないといわれるほど、少数とはいえ意見(異見?)がなければ危険だと考えられています。
 原発推進を会社の姿勢とすることに異論はありませんが、国民の大多数がもっと慎重に、そしてできれば原発縮小に向けての議論を進めて欲しいと考えているにもかかわらず、自社の方針・姿勢に含まれない情報は一切報じないとは特定のグループの機関紙の如き惨状ではないでしょうか。サンケイ新聞の読者にとっては、6月29日のあの大デモは存在していないのです。
 
さて、本稿冒頭でもお伝えしたように自然界は悲鳴をあげているようです。私たち人間は気温をエアコンで調整していますが、やはり目に見えないストレスが身体はもちろん精神にも大きく影響を与えているのは、読者諸氏はお気づきの通りです。
 中高年世代の方なら夏休みに「涼しい午前中に勉強をしなさい」と母親に言われた記憶があるのではないでしょうか。現在のエアコンの普及率は90%程度とほぼ全世帯に普及しています。この普及率が50%を超えたのは1985年、この年を境に普通の家庭にもエアコンが珍しものではなくなったのです。それ以前はまだどちらかというと「高嶺の花」的な存在だったのです。
 一般家庭へのエアコン普及と相まって都市のヒートアイランド化は急速に進み、「涼しい午前中」などというものも消え去ってしまいました。室内は人工的に無理やり温度を下げ、その反動で屋外は灼熱状態に。その歪みは知らないうちに私たちの身体に影響を及ぼしています。
 早寝、早起きを励行して食も加減して、この困難な時期を乗り越える健康を手に入れたいものです。(2012.7.13)


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