広められた「ガン細胞無限増殖説」

カテゴリー: コラム / 2012 年 4月 12 日
Bookmark and Share

 3月20日から30日まで、オーストリアのウィーンとザルツブルクに家族3人で行ってきました。「サウンド・オブ・ミュージック」ファンの娘を現地に連れて行こうと計画したのですが、出発の3月20日にイスラエルとイランの戦争が開始されるのではとの情報があったために、やや緊張感が漂っていました。
 万一に備えてウィーンの日本大使館に連絡がつくようにと当研究所顧問の福山哲郎元外務副大臣(前内閣官房副長官)から岩谷滋雄在オーストリア特命全権大使を紹介してもらいました。
 ウィーン到着草々、お会いしてランチをご一緒させていただき、約2時間現地情報についてのレクチャーを担当領事から受けました。しかし、一番記憶に残っているのはタクシーに乗り、私たちが日本から来ていると知るや異口同音に「福島はどうなっているのか。日本は大丈夫なのか」との質問を受けたことです。
 日本国内では報道管制が敷かれていて、重要な情報ほど伝えられなかったのに対して、欧州各国ではチェルノブイリ原発第4号炉の事故(1986年4月26日午前1時23分発生)の経験を生かして、時々刻々詳細に情報が伝えられたそうです。結果、オーストリアのタクシードライバーの方が、平均的日本人より「福島第一原大爆発事故」については詳しく知っているわけです。
 現地は葉ものの野菜が日本と比べて極端に乏しく、ソーセージやハム、チーズ、美味しい牛乳等を主に食べていた結果、体重が3キロ増加してしまいました。「食べなければ健康で長寿」と書いている一方で、わずか10日間で3キロも太っているようでは、読者諸氏に対して何の説得力もないと思っております。
 
 さて、前回までに述べたように、正岡子規が六畳一間に伏せたまま1日に食べた食事量はチリの生き埋めになった33人が17日間に食べた量をはるかにしのいでいたにもかかわらず、一方がやせ細って膿と苦痛にまみれて35歳で息を引き取ったのに対して、一方は肩を組んで大合唱しながら救出されるのを待っていたのです。
 この食をめぐる明・暗2つのエピソードが伝えることは意義深いものです。
 子規の死期を早めたのは「近代栄養学」に対する盲信でした。そしてそれはドイツ発の誤った学説でした。約150年前ドイツ医学界を専制支配していたのは重鎮ルドルフ・ルードウィヒ・カール・ウィルヒョウ(1821〜1902)でした。彼は医師である前に野心に満ちた政治家でプロイセンを中心にドイツ帝国を1871年に統一した鉄血宰相ビスマルクの生涯にわたる政敵でした。
 このウィルヒョウが「ガン細胞無限増殖説」を唱え、それは「ひとたび患者体内にガン細胞が生まれたら、宿主である患者自身を殺すまで無限に成長を続ける」というものです。これが端緒となって「ガンになったら助からない」「ガンは死病」という迷信が世界中に広められたのです。
 すなわちウィルヒョウは人々を洗脳したのです。「ガンになったら助からない。助かる道はただ1つ。近代医学にすがることである」。この結果、年間35.8万人もの人々がやせ衰えて死んでいくことになったのです。
 そして彼に匹敵するペテン栄養学を広めた人物が前にも述べたフォイトその人なのです。−以下次号−   (2012.4.13)


(c) 社会医学環境衛生研究所 2008-